結局・南極「北極星」(オムライス・大阪中央区)
今は昔、晩御飯にでてくるオムレツがあまり好きではなかったのですが、一人で外食するようになると我が家のオムレツは母親のオリジナル料理だったと知る筆者です。
器用な方ではないので、たまごをふんわり焼いてライスを包むような芸当が出来ないのでオムライスは作った事がありません。
関西人がオムライスと言えばココだよねと詳細を調べてたら、オムライス発祥のお店だったようです。
現「北極星」の先代、北橋茂男さんが洋食屋「パンヤの食堂」を始めたのは大阪の汐見橋(現大阪市浪速区)で、1922(大正11)年
日本の代表的な洋食としておなじみの“オムライス”が生まれたのはこの「パンヤの食堂」
当時、胃の具合の悪い常連のお客様がおり、いつもオムレツと白いごはんを食べておられました。
1925(大正14)年のある日、当時20代半ばだったアイデアマンの北橋さんは、「くる日もくる日も同じものではかわいそうだ」と、マッシュルームとたまねぎを炒めて、トマトケチャップライスにしたものを、薄焼き卵でくるんだ特製料理を常連さんにお出ししました。
「おいしいやん!なんやこれ?」と大変気に入られ、「オムレツとライスをあわせてオムライスでんな。」と、とっさに答えたのが、「オムライス」の誕生の由来だそうです。
オムライスはこれが完成形じゃないかなと書こうとしたのですが、至極当たり前な話ですね。